大志学園2年目の始まりは、順調すぎるくらい順調でした。
新年度に向け、英語、数学のベテランの先生に来てもらえるようになり、難関大を目指す生徒にも、十分満足してもらえるような授業を提供できる体制が整いました。
それに伴って新学年に入り、高校3年生も続々と入塾してきてくれる状況でした。
さらには、高2生も一生懸命勉強してくれ、高1生も少しずつうわさを聞きつけて入塾してくれました。
1学期の間、涙が出るほど、嬉しく充実した毎日をおくっていました。
嬉しい誤算
しかし、喜んでばかりいられないことが1学期の終わりの頃に起こり始めたのです。
ほんとうに嬉しい誤算が生まれてきたのです。
私の頭の中は、昨年よりもレベルが上がった高校3年生の受験が大半を占めていました。
『大志学園』1年目の昨年には1人も受験することのなかった国公立大の入試。
何人もの塾生が挑戦するでろあろう関関同立をはじめとする難関私大の入試。
せっかく集まって来てくれているこの高3生たちを無事に思う大学に進めてあげることができるのであろうかというプレッシャーとの戦いが本格的に始まった頃でした。
その年の夏の前のことでした。
34、35話で記した例の『日本語練習帳』の生徒たちの成績が急激にアップしたのを聞きつけて、同じ公立のトップ校の高2の生徒が数人『大志学園』の門をたたきました。
彼らは、それまでにやってきた生徒たちとは本質的に違っていました。
次の学年に向けて、さらなる努力を!
それまでにやってきた生徒たちは、どちらかと言えば学校の勉強についていけていない生徒たちでした。
しかし、高2の夏前にやってきた生徒たちは、学校の成績はかなり上位で、「高2の夏から受験勉強を始め、絶対『阪大』に入るんだ」というような志をしっかり持った生徒たちでした。
さらには、まったく宣伝活動をしていなかった、東大や京大に多数の合格者を出す難関私立高校の生徒が「国公立大の医学部を志望している」と言って大志学園に入ってきてくれました。
彼の模擬試験の成績を見ると、国公立の医学部に合格できそうな成績でしたので、
「なんでまた、大志学園なんや?」とも自虐的に思いました。
当時の私は正直、戸惑っていました。
ともあれ、せっかく来てくれたのだから、期待に応えるために努力するしかない、
『大志学園』チーム一丸となって高2生の受験カリキュラムも並行して進める必要性が生まれました。
ここから、この2年生たちの受験を終えるまでの1年半戦争のような日々を送りました。
先生たちには、ほんとうにハードワークを強いたと思い、今でも心のしこりとして残っています。
(つづく)
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